今日で、あの忘れもしない大地震・東日本大震災から、13年が経ちました。
もう2度とあんな地震は、経験したくありません。
ばば自身、二十歳の時に仙台で宮城県沖地震、そして嫁いでから、岩手内陸地震、長男が就活時期の最中にあのたくさんの人々が亡くなった東日本大震災が・・・
そう3度も大きな地震を経験したばば、ほんとならそんな経験は二度としたくないのに・・・
ここの地域は内陸部で津波の心配はありませんでしたが、全壊、大規模全壊の家が多く、我が家も全壊の判定を受け、それから家を建てて11年程になります。
地震が起きた日は、余震の隙を見て、布団や生活必需品を運び、ぶどうのハウスへ寝泊りしようかと思いましたが、寒くて寒くて、生活センターへ。
2日程お世話になったけど、長女の幼い孫もいて、無理と感じ、小さなプレハブが親戚から届き、そちらで住み始めましたが、それもハウスのすぐ隣なので、風が吹くとビニールの音が鳴り響いて・・・ばばがノイローゼになりそうで別な場所にプレハブを移転。
それから家が建つまで、その場所で生活する事になりました。
不便な点もあったけど、家族、そしてとご近所の皆さん、親戚の方々の温かい励ましと思いやりで過ごす事が出来ました。
そして、何よりも4月に入ると田んぼの種蒔きが始まります。
時間を止める事は出来ません。
それにぶどうも芽吹き始めました。
もう今年は無理と諦めている自分もあったのに・・・
めげてる時間がないのです。
もう進むしかありません。
それが地震から立ち直るきっかっけだったかもしれません。
今年の元旦に起きた能登半島地震に遭われた多くの方々の事を思うと、ほんと何て言ったらいいのかわかりません。
東日本大震災を経験したばばでさえ、地震の恐ろしさは、身に染みて感じています。
ただ少しずつでもいいので希望を持って、立ち直って行って欲しいなと願うばかりです。
まだ宮城県沖地震が来ると言われています。
あの時の経験を忘れず、東日本大震災から学んだ事を生かして、大きな地震に備えていきたいと思ってます。
今日、BSで再放送されているドラマ『空飛ぶ広報室』があり、今日最終回でした。
それもちょうど東日本大震災が取り上げられており、津波の被害を免れたブルーインパルスの練習風景を多くの被災された方々が見学に訪れると言う場面でした。
ブルーインパルスの見事な飛行が勇気と笑顔をたくさんの人々から取り戻してくれました。
ばば自身、あの時の地震を思い出しながらも、ブルーインパルスの見事でキレイな飛行をみるとちょっとウルウルと涙腺が緩んでしまいました・・・これで朝から2度目のウルウルでしたが。
今日は、ほんと朝から色々と考えさせられ、地震が起きた時間帯には、亡くなった方々のご冥福を祈りながら1分間の黙祷をし、今こうしてブログを書いてます。
ホントは、お風呂に入って休むつもりでしたが、なんかよく分からないけど書きたいなと思って。
明日も午前中バイトさんと一緒にお仕事です。
ばば、ほどほど精神でいつもの通り、がんばりますね。
それじゃ、お休みなさいです。